あなたは「同潤会」という名前を聞いたことがあるでしょうか。

古き良き“同潤会アパート”の記憶

あなたは「同潤会」もしくは「同潤会アパート」という名前を聞いたことがあるでしょうか。名前は知らなくとも、あなたの心の中では、かつて歩いた町並みの原風景の記憶の一部に、もしくは、感動に涙した銀幕やブラウン管のなかの場面で、無意識に知っているのかもしれません。

同潤会は、かつて関東大震災の復興支援として住宅供給を目的に設立された組織で、大正末期から昭和初期にかけて東京、横浜に建設した集合住宅の総称を同潤会アパートといいます。鉄筋コンクリート造りという先端技術を用いた構造もさることながら、エレベーターや食堂、共同浴場などを備えたほか、室内には電気、ガス、水道なども完備されるなど、当時としては最先端の近代的な設備を兼ね備えていました。

居住者への配慮を最大限に考え設計された同潤会アパートは、建設当時から人々の心を捉え、また羨望の的でした。

時代は移り変わり、人々の暮らしも生活様式も変化するなか、いつしか忘れ去され、解体の運命を辿りつつある同潤会アパート。

しかし、絶え間なく変わり続ける世界のなかで、ただ静かに存在し続けてきた同潤会アパート。

古き良き時代をともすれば振り返りがちな私たちの琴線に切なく、優しく触れる存在なのかも知れません。

古き良き“同潤会アパート”の記憶

昭和最初期の最先端集合住宅

同潤会は、震災復興支援として住宅供給を目的に設立されました。

隆盛、そして衰退

同潤会は戦時体制が強まるなか昭和16年に歴史の幕を閉じました。

表参道のシンボルとして

同潤会青山アパートは、最初期の建物です。

今も残る、同潤会アパートの足跡

現存する同潤会アパートは現在の台東区にある上野下アパートのみです。

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